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ロニーへの手紙


 ちょうど、先日も自分のBlogで、Ronnie James Dio逝去の話題についてほんの少し触れましたが、丁度、Metallicaのオフィシャルサイトに、ドラマーのLars UlrichからRonnieへ宛てたメッセージが掲載されていましたので、そのまま引用です。(http://www.metallica.com/index.asp?item=603183


A Letter To Ronnie
5/16/2010

Dear Ronnie,
I just got off stage in Zagreb. I was met with the news that you've passed on. I'm kind of in shock, but I wanted you to know that you were one of the main reasons I made it onto that stage to begin with. When I first saw you in Elf, opening for Deep Purple in 1975, I was completely blown away by the power in your voice, your presence on stage, your confidence, and the ease with which you seemed to connect to 6000 Danish people and one starry-eyed 11 year old, most of whom were not familiar with Elf's music. The following year, I was so psyched when I heard the results of you joining forces with my favorite guitar player. You guys sounded so right for each other and I instantly became Rainbow's #1 fan in Denmark. In the fall of 1976, when you played your first show in Copenhagen, I was literally in the front row and the couple of times we made eye contact you made me feel like the most important person in the world. The news that you guys were staying in town on your day off somehow embedded itself in my brain and I made the pilgrimage to the Plaza Hotel to see if I could somehow grab a picture, an autograph, a moment, anything. A few hours later you came out and were so kind and caring... pictures, autographs and a couple minutes of casual banter. I was on top of the world, inspired and ready for anything. Rainbow came to Copenhagen a couple more times over the next few years and each time you guys blew my mind, and for a good three years were my absolute favorite band on this planet. Over the years I've been fortunate enough to run into you a half dozen times or so and each time you were as kind, caring and gracious as you were in 1976 outside the hotel. When we finally got a chance to play together in Austria in 2007, even though I may not have let on, I was literally transformed back to that little snot nosed kid who you met and inspired 31 years earlier and it was such a fucking honor and a dream come true to share a stage with you and the rest of the legends in Heaven and Hell. A couple of weeks ago when I heard that you were not going to be able to make it to the Sonisphere shows that we would be sharing this June, I wanted to call you and let you know that I was thinking of you and wish you well, but I kind of pussied out, thinking the last thing you needed in your recovery was feeling obligated to take a phone call from a Danish drummer/fan boy. I wish I'd made that call. We will miss you immensely on the dates, and we will be thinking of you with great admiration and affection during that run. It seemed so right to have you out on tour with the so-called “Big Four” since you obviously were one of the main reasons that the four bands even exist. Your ears will definitely be burning during those two weeks because all of us will be talking, reminiscing and sharing stories about how knowing you has made our lives that much better.

Ronnie, your voice impacted and empowered me, your music inspired and influenced me, and your kindness touched and moved me. Thank you.

Much love,

Lars


 そして、その対訳が「RockmusicFan.net」というサイトに掲載されていたので、これまたそのまま引用(http://www.rockmusicfan.net/archives/3797


ロニーへ。

今、ザグレブのステージを終えたところです。あなたが他界したというニュースを聞きました。とてもショックですが、そもそも僕が今夜のステージに上がることができたのは、あなたのお陰だったと伝えておきたいのです。

1975年に DEEP PURPLE の前座だった ELF を見たとき、あなたの声、存在感、自信、6000人のデンマーク人の観客とその中に紛れた11歳の少年をいとも簡単に魅了する姿に圧倒されました。観客の大半は ELF の音楽を知らなかったのに。翌年、あなたが僕の一番好きなギタープレイヤーと合流すると聞いて興奮しました。音的に理想の組み合わせで、僕はデンマークで1番の RAINBOW ファンになりました。

1976年の秋、コペンハーゲンで初の公演を行ったとき、僕は最前列にいて、あなたと何度か目が合い、まるで自分が世界で一番重要な人間になったような気分になりました。オフの日にあなたが町に留まるというニュースが頭から離れなくて、何とかして写真かサインを貰えないものかとプラザ・ホテルへ向かいました。数時間後、ホテルの外に現れたあなたはとても親切で、優しかった。写真、サイン、そして2分ほどのお喋り。僕は最高の気分で、今なら何でもできると思いました。以降 RAINBOW は2回、コペンハーゲンで公演を行いましたが、毎回すばらしく、少なくとも3年の間はこの惑星で一番好きなバンドでした。

それから運良く6回ほどあなたに会うことができました。あなたはいつでも1976年にホテルの外で会ったときと変わらず優しく、親切で、謙虚だった。

2007年にオーストリアでようやく共演できたとき、表に出さなかったかもしれないけれど、僕は31年前にあなたと出会ってインスピレーションを貰った鼻たれ小僧に戻っていた。あなたや Heaven & Hell の伝説的なメンバーたちと同じステージを共有できるなんて、まさに夢の実現で、身に余る光栄でした。

2週間ほど前、再度共演できるはずだった6月からの Sonisphere に、あなたが出演できないと聞いたとき、電話をかけて、あなたのことを心に留めているということと、お見舞いの言葉を伝えたかったのですが、闘病中のあなたが、デンマーク人のドラマー/ファンボーイと話したいわけがないと怖じ気づいてしまい、かけられませんでした。電話すればよかったと後悔しています。

今後の日程で、僕らはあなたの不在を惜しみ、尊敬と愛情を持ってあなたを想うことでしょう。何せ、あなたの存在なしには、『四天王』と呼ばれるバンドは存在しなかったでしょうから。

ツアーの2週間中、僕らがあなたの思い出と、あなたがいかにして僕たちの人生を良くしてくれたか、しきりなしに話す声が、あなたの耳に届くことでしょう。

ロニー。あなたの声は僕に衝撃を与え、力をくれた。あなたの音楽は僕にインスピレーションと影響を残した。あなたの優しさは僕に感激と感動をくれた。ありがとう。

愛を込めて。



 こうやって、HM世界は誰かに何かを託して輪廻を繰り返していくんでしょうね。素晴らしきメタル魂かな。つい先日の、SLIPKNOTベーシストPaul Grayの死もショックでしたが、きっと彼のプレイにインスパイアされた、キッズがまた次の世代を創りあげていくのでしょう。

 しかし、このところこの手の残念なNewsが続きますね。

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コメント

門の向こうへ
素晴らしい胸の熱くなる手紙をアップしてくれてありがとうございますmuchinさん。

自分のHMの洗礼は小学生の時に兄貴たちが聴いていたレジェンド達の魂のサウンドでした。

中でもベタかも知れませんがGatesOfBabylonはチン毛も生えてない小僧に凄まじい衝撃を与えました!


ありがとうディオ!
先に門の向こうで待っててください。
>カネコさん

きっと門の向こうでメロイックサインをキメておられる事かと思います。

おそらく僕のDio様の遺作は、2006年作品、俳優ジャック・ブラック主演の「テネイシャスD 運命のピックをさがせ!」という映画かと思います。Dio様や、ミート・ローフが友情出演的に登場するロック・コメディーで、おバカな映画で楽しめました。

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